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ログのつらなり

書評:サラ金の歴史

2021/02/25 刊行『サラ金の歴史』読了。
https://books.rakuten.co.jp/rb/16607858
https://www.amazon.co.jp/dp/4121026349

最近は『サラ金』とは言わなくなった。普通であれば『消費者金融』『ノンバンク』あたりだろう。しかし本書では、いろんなニュアンス(無担保で気軽にお金を借りられるカジュアルなイメージと、苛烈な取り立てで社会問題にまでなったネガティブなイメージの両方)を含む意味で、敢えて『サラ金』という表現を用いている。本書はそうした二面性をもつサラ金の歴史を、過去の資料の緻密な調査に基づいて丹念に描いた力作である。まだ2021年の半分も終わっていないのに『今年の新書 No.1』との呼び声 (https://honz.jp/articles/-/45924) もあるほどであるが、書き出しこそ少々重たいカンジがあるものの、途中からグイグイと面白くなってきて、ウワサに違わず読み応えのある一冊であった。

『無担保の高利貸し』といえば、『ナニワ金融道』や『闇金ウシジマくん』をはじめとして、どうしても後ろ暗いイメージがつきまとう。が、本書の冒頭では、望んでも与信が通らない貧困層に資金を提供し、生計を立て直すチャンスを与えたバングラデシュグラミン銀行を例に挙げ、こうした『金融包摂』という考え方に社会的な使命があることを示している (この方式を編み出したムハマド・ユヌス氏は後にノーベル平和賞を受賞しているとのこと)。

一方、日本のサラ金は、そういったニーズとは異なる形で勃興し、発展を遂げる。なにせ借り手は『サラリーマン』なので、バングラデシュのケースとは全然違うのだが、本書ではそうした借り手の事情を、昭和時代の家庭内の男女の役割から考察している。それはつまり...(以下ちょっとネタバレ)...1960年前後、専業主婦として家計の管理を任されていた主婦が、三種の神器 (白黒テレビ ・ 電気洗濯機 ・ 電気冷蔵庫) 欲しさのあまりダンナに黙って借金するケースと、モーレツサラリーマンである夫が、出世のためにゴルフや夜の付き合いに使うお金が、お小遣い制の範囲では足りなくなってしまったケースの2パターンである。ここらへんはいかにも昭和っぽい。ただしまだ、生活資金の根幹部分を貸し込むケースは少なく、牧歌的だったとも言える。
(ちなみに夫のお小遣い制を採っている家庭は、1978年までは9割以上だったが、2012年では4割を下回っているとのこと)

本書の前半では、これらのニーズに着目してサラ金ビジネスを確立した代表的な人物として、森田国七・田辺信夫・八谷光紀などの功績が列伝風に描かれている。で、興味深い話ばかりなので『もっと知りたい』と思って 3人についてググってみたのだけど...全然情報が出てこない!大きな結果を残した昭和の実業家であるにもかかわらず、なんと 3人とも Wikipedia に項目がないのである。今日びネットに情報がないものを調べるのは非常に大変だろうが、こういうところからも本書の丁寧な仕事ぶりがわかる。文中で引用している文献の数も膨大で、筆者の熱量と苦労が窺い知れる。

本書の中盤では、視点がもう少し『借り手』側から『貸し手』側に移る。高度成長期が一段落したあと、今も主要な事業者であるアコム・プロミス・レイク・アイフルなどが、どのように事業を興し、成長し、挫折し、今に至るかが描かれている(ちなみに上述の森田・田辺・八谷が作った会社は3つとも全て現存しない)。

このあたりの『貸し手側の事情』は、当時のマクロ経済の動向が色濃く反映されている。各社は、資金調達ルートの問題・法的規制の段階的な引き締め・外資系企業の参入など、さまざまな要因に直面しながらも、工夫や努力によって乗り越えている。
時期的には、いわゆる『サラ金地獄』が話題になった頃でもあり、苛烈な取り立てや多重債務者の境遇に着目してセンセーショナルに描かれることが多いが、そうした類書は他にもたくさんあるため、本書はそうした立場から一定の距離をとり、参入障壁が低く差別化の難しいこの『ハイリスク・ハイリターン』なビジネスで、いまの主要大手がなぜ生き残ってきたか (逆に言えば、武富士はなぜ潰れたのか) を明らかにしている。また、督促業務など、貸し手側にもメンタル的な負担の大きい『感情労働』の側面や、社員の不正行為などにもスポットが当てられ、多面的に分析されている。信用情報のオープン化や与信業務の効率化など、IT がなければ成立しない部分も色々と取り上げられており、コの業界の人間としても興味深い。

終盤から結びに書けては、貸金業法の成立や改正の過程をたどりながら、いわゆる『法規制の強化』vs『規制強化はアンダーグラウンドが活発化するので却って危険』いう立場の対立などを論じている。ここでまた冒頭の『金融包摂』というキーワードが戻ってきており、根源的な問題が改めて提議される。
『おわりに』の章では、実は農学者である筆者がこうした書籍を執筆するに至った意外な経緯なども記載されており、最後まで飽きさせない。
しかしこの筆者、1982年生まれなのか...若いのにスゴいな...。