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ログのつらなり

書評:決済サービスとキャッシュレス社会の本質

2020/6/26 刊行『決済サービスとキャッシュレス社会の本質』読了。

https://books.rakuten.co.jp/rb/16377649/
https://www.amazon.co.jp/dp/4322135528

いままで、決済業務に関する書籍といえば、以下の2冊を推していた。
 ● カード決済業務のすべて―ペイメントサービスの仕組みとルール
 ● クレジットカード事業の歴史から検証するコア業務とリスクマネジメント
もちろんこれらは今も変わらず良著だと思っているので、今回はこれに加わる形での新たな『推し』の誕生である。とはいえ本書はかなり上記の2冊とは書きっぷりが異なる。何が異なるかというと、上記2冊は『業務の理解』を目的としており、少々教科書っぽい筆致であることに対して、本書は『著者が言いたいことを言う』ために出版された書籍であるということだ。

本書は全部で4章で構成されているが、まずその前の『まえがき』が面白い。舞台は省庁におけるキャッシュレス推進の検討会のシーンからはじまる。その席上で、老舗の決済事業者は言いたいこと(不正取引の危険性やその防止ノウハウなどの難しい部分)が色々あっても言えず、(ともすればノウハウの乏しい)中間業者や新興業者が勢いよく旗を振り、結果的にリスクの観点がないがしろにされてしまう模様が描きだされている。こうした『よくある会議』で進んでしまう国内のキャッシュレス体制に警鐘を鳴らしたくとも、ひとたび声を上げると『細かいことにウルサくて足を引っ張るヤツ』というレッテルを貼られかねないのだが、筆者は JCB で15年 → NRI で15年勤めた後に自ら会社を興し、こうした関係性の構図から解き放たれた。独立したことによって誰にも忖度・遠慮をすることなく展開される筆者の主張は読み手に迫ってくるものがあり、当然ながら教科書的なものより断然読みやすい (まぁ何でも、パッションのある人の話はだいたい面白い)。

決済周りの世論は、(少なくともコロナ前までは) オリンピックを前にして、以下のような論調が主であった。
 ●『日本はキャッシュレスの導入が諸外国に比べ遅れている』
 ●『遅れの原因は、業者が取っている手数料が高いためだ』
著者はこれに疑問を呈している。例えば現在の国内キャッシュレス取引量の統計値にはオンラインの口座振替分が加算されていないが、外国の統計には含まれているものも多い。これを加味すると、本当に日本は後進的なのか?またネットワーク使用料や加盟店手数料は確かに高いのだが、なぜ高いのか?仮に安くしたら、何か失うものもあるのではないか?またホントに普及が進むのか?・・・こうした部分について、本書の中で何回か同じような主張や説明が繰り返される部分があり、正直やや冗長に感じることもある。だがこれは筆者のアツさというより、月刊「消費者信用」の連載を書籍化したことに由来するものと思われる (筆者のパッションもあるかもしれないけど)。

第1章はクレジットカードの基本的な仕組みの説明、および歴史について述べられており、日本の手数料が高くなってしまった経緯を明らかにしている。歴史といえば AMEX は1850年に宅配便業としてスタートし (だから American "Express" というのか...。ちなみに日本通運の英文表記は Nippon Express)、100年以上経った1958年に初めて、他社を買収する形でカードを発行した、などの逸話も面白い。

第2章では、デビットカードと送金サービスについて書かれている。日本では普及したとは言いがたいデビットカードについてかなり紙幅を割いているのは意外な気もするが、なぜ普及しなかったのか?についてはもちろん理由があり、その切り口から、決済サービスの各種問題点について切り込んで考察している。送金サービスについては、まず国際送金で主流の SWIFT の仕組みが解説されている。SWIFT は「高い・遅い」と言われているが、それは本当なのか?また SWIFT 以外の色々な手段や、中国が構築している SWIFT に依存しない国際決済ネットワークなどにも言及されていて、政治問題など意外な方向にも議論が及んでいる。

第3章では、プリペイドカードと電子マネーについて説明されている。Edy交通系 IC カードとして広く採用されている Felica が日本独自に発展した経緯、アマギフなどのプリペイドカードがなぜ詐欺に使われるのか?の詳細についてなどが興味深い。

第4章では、先進的との呼び声の高い中国のキャッシュレス事情と、それを踏まえての今後の日本のキャッシュレスのあり方について述べられている。75億枚が発行されたと言われる銀聯カードalipay, WeChatPay の成り立ちと、QR決済の不正取引の手口と対策などについて触れたのち、話題は本邦に移る。日本でキャッシュレスが進まない理由、それは・・・ここでネタバレは避けるが、ユーザとお店側の本音について考察したあと、キャッシュレスの本当の価値について筆者の持論が展開される。ここまで読めば、一種の爽快感さえある。

専門性の高いテーマで、それなりに分量もあるけれど、一気に読めました。いかにも著者の主張が激しい本みたいに思われたかもしれませんが、全体を通してみれば決してそんなことはなく充分に客観的で、最新事情も織り込まれており資料的な価値も高いものです。著者の主張も、長年にわたり第一線で実務を担当されてきたキャリアに裏打ちされた厚さや奥行きが感じられるもので、単なる納得感以上の凄みを感じます。関係者ならずとも、ちょっとでも興味のある方は一読に値するのではないでしょうか。プロの仕事に触れるドキュメンタリーとしての一面もあり、オススメです。